パイプライン承認がトルドー首相の命取りに…八方美人は嫌われる?!:コラム

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カナダで今最もホットなニュースと言えば、トランスマウンテン・パイプライン拡張工事計画だ。ポイントは、工事計画賛成派が連邦自由党政府とアルバータ州政府、反対派がブリティッシュ・コロンビア州政府という構図である。これが現在両陣営一歩も引かずガチンコ勝負となっている。

さて、詳細はニュースを参照にしてもらうとして、要約すると(要約するのが難しいほど複雑な経緯だが)ブリティッシュ・コロンビア州バーナビー市(バンクーバー市の東隣市)まで隣州アルバータ州からビチュメン(オイルサンドとも表現される)を運ぶパイプラインの拡張工事を巡る賛成派と反対派の争いである。

これが経済か?環境か?と言った二者択一ならまだ話は簡単なのだが、環境政策のために経済対策としてパイプライン計画を承認したというところから話がややこしくなった。

 

パイプライン計画承認までのいきさつ

同パイプライン計画は2016年11月に連邦自由党政権が承認した。ジャスティン・トルドー首相が自ら承認を発表。続いて、ブリティッシュ・コロンビア州自由党前政権が追随して承認した。

この計画は随分前の保守党政権時代から承認申請がキンダーモーガン社から連邦政府に提出されていた案件で、その時からすでに環境活動団体や関係する先住民族、市町から強い反対の声が上がっていた。反対派が今になって突然反対に回ったという訳ではない。

当時の政権を担当していた保守党はアルバータ州を基盤としていたため、オイルサンド産業とは深い関係で、もちろんパイプライン計画を推進していた。それでもカナダの環境規制や先住民族の権利を尊重するという条件をクリアしなければならず、なかなかすぐに国家事業だから承認という訳にはいかなかった。

環境規制などを緩めるなどの対策を講じながら承認へ向け進めていたが、とうとう承認することなく2015年10月に自由党に政権を譲った。

当時自由党は野党時代、この保守党のやり方を批判し、政権を取ったならば、先住民族の権利をさらに尊重し、環境規制を一層強化すると公言。環境問題に取り組み、基本的にパイプライン建設に反対する立場を証明していた。

しかし…である。

トルドー首相が承認した時にはカナダに3件の重要なパイプライン計画があった。一つはトランスマウンテン、2つ目はアルバータ州からブリティッシュ・コロンビア州北部を通って同州北西部海岸までパイプラインを伸ばすノーザンゲートウェイ・パイプライン建設計画、3つ目はアルバータ州から東海岸まで運ぶエナジーイースト・パイプライン建設計画だ。

どれもアルバータ州から海岸へとつなぎ、アメリカ以外への市場にオイルサンドを輸出することを目的としている。

二つ目のノーザンゲートウェイは保守党政権がかなり推進していた計画だったが、トルドー首相は撤回を表明した。3つ目のエナジーイーストはケベック州が猛反対をしたため諦めた。ノーザンゲートウェイは新たなパイプラインを、エナジーイーストはガスラインを一部利用する計画だった(詳しくは別の機会に解説する)。

残ったのがトランスマウンテンという訳だ。これは前述したように拡張工事である。すでにパイプラインは存在し、その輸送量を約3倍に増加することを目的にパイプラインを増設するという計画。

カナダ政府の目的は、成長著しいアジア諸国、特に中国やインドへの輸出増加だ。だから太平洋岸からの輸出がベストで、トランスマウンテンは打って付けだったと言える。

しかも当時のブリティッシュ・コロンビア州自由党クリスティ・クラーク政権は、金銭的支援さえ受け取れればどんなことにもOKを出す政権だったため(政党寄付金も国内外から受け付けていてニューヨークタイムズにまでWild Wild Westと揶揄されたほどだった)、それまではアルバータ州と完全対決という姿勢を見せていたにもかかわらず、あっさりと承認した。今もってその説明は不透明だ。5つの条件をクリアにしたというのが一応の説明である。

と、ここまでが承認までの経緯である。

反対派NDP+超反対派グリーン党の非公式連立で事態は急変

ところが、である。2017年5月に実施されたブリティッシュ・コロンビア州選挙で自由党が政権の座を奪われた。選挙での議席数は最多だったが過半数に足りず、議席数の少ない新民主党(NDP)とたった3議席(しかし1議席からの躍進)グリーン党が、公式ではないが政策協力という形で非公式に連立を組むことになり、当時の同州副総督の意向も働きNDP+グリーン党政権が誕生した。詳しく興味深いいきさつはニュースを参照。

NDPは選挙公約にトランスマウンテン撤回を掲げた。グリーンはパイプライン絶対反対派である。グリーン党というからには環境問題第一主義である。すべての政策は環境問題を基本に据えていると言っていい。

このN+G政権が今年1月、ビチュメンを運ぶ全ての手段に対して、環境対策を強化する提案を発表した。ここから、最初の連邦・アルバータ政府対ブリティッシュ・コロンビア州政府という構図が出来上がった。

トルドー首相の読みが甘かったとも言える。もともとブリティッシュ・コロンビア州は、炭素税を2008年から導入したり(ゴードン・キャンベル自由党政権時代)、連邦議会にグリーン党議員(エリザベス・メイ党首)を選出したりと、全国の他の州より環境問題を重要政策とする傾向があった。今や全世界に広がっているグリーンピースも産声をあげたのはバンクーバーで、環境問題に対しては割と敏感に反応する。

NDPが自由党政権とほぼ同数の議席を獲得したのは、自由党政権とクラーク前州首相への嫌悪感からという色合いが強いが、グリーンが1議席から3議席に伸ばしたのは、やはりこのパイプライン問題への州民の反感があったように思える。

これをトルドー首相は読み間違えた。どんなに反対しても最後は押し切れるだろうと高を括っていた感は拭えない。トルドー人気をあてにしていたのかもしれない。20代にはバンクーバーで教師をし、母親がブリティッシュ・コロンビア州出身というのが、トルドー首相がチャームポイントにするブリティッシュ・コロンビア州との絆だ。ブリティッシュ・コロンビア州の美しい自然とそれを愛する州民の気持ちは連邦政府の中でも自分が一番理解している。だから大丈夫というのが首相のメッセージだった。

しかし…反対派はそんなに甘くなかった。

八方美人は嫌われる

ブリティッシュ・コロンビア州で州政府と反対派の声が大きくなっていく中、なぜパイプラインを承認したか?というのが疑問として州民、そして国民の中にあった。

なぜなら、トルドー首相は環境問題に真剣に取り組むことを2015年12月フランス・パリで開催された国連環境会議で公言したからだ。 “WE ARE BACK!”。これがパリ会議でのトルドー首相の第一声だった。

それまで国際的な環境問題対策について批判的で、オイルサンド事業を進める保守党政権とスティーブン・ハーパー前首相は、「ダーティオイル産出国カナダ」の代表として環境活動家たちから悪者扱いされてきた。

それに取って代わって爽やかに世界の舞台に登場したのがトルドー首相だった。甘いルックスと気取らない首相ぶりもあって、あっという間に世界中で人気者になった。国内でも真剣に環境問題に取り組んでくれるだろうとの期待も大きかった。

実際、2016年3月にはカナダ横断的環境対策として、全国の州・準州に炭素税導入を義務付けることをバンクーバーで発表。これにオイルサンド産業をはじめとする天然資源産業が主要産業のアルバータ州が参加するということで話題になった。トルドー首相の本気度を感じた国民の、ブリティッシュ・コロンビア州民の期待は高まった。

しかし同年11月にパイプラインを承認したことは前述の通り。そしてこの裏に、パイプライン承認と交換条件にアルバータ州での炭素税導入があったことを明らかにした。

そして、パイプライン承認によるオイルサンド産業でカナダ経済を維持しながら、炭素税で環境問題にも取り組む、「経済と環境は両立する」という理論を作り上げた。うまくまとめたように聞こえるが、これがトルドー政権の命取りとなる。

これでトルドー首相は、パイプライン承認から一歩も引けなくなった。かといって、サスカチュワン州など導入に反対している州もある炭素税からも引けなくなった。

「経済と環境は両立する」という理論は、一瞬、どちらの支持層も取り込めるようで、実はどちらにも中途半端な政策だ。結局どちらからもそっぽを向かれることになる。

こうして両陣営一歩も引かないガチンコ勝負となった、賛成派連邦自由党・アルバータ州政権vs反対派ブリティッシュ・コロンビア州政権。

八方美人トルドー首相が招いた、国を二分するパイプライン抗争が決着を見る時、トルドー政権に引導が渡されるだろう。どこの国でも八方美人は嫌われるのである。

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